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いのちの食べ方、見直した方が良いのじゃないかな 



20代後半のコロかな,日本の畜産の現状を知ってから、お肉はあまり食べなくなりました。

牛肉は元々、食べられなかったのですが,豚や鶏は大好き!

だったので、急にはできませんでしたが,少しずつ。


放し飼いの豚や鶏の肉が手に入るときは、ありがたくいただきました。

殺される、その前まで,幸せであったか,というのかな。

まっとうな、いきものらしい暮らしであったか、ということを気にしたから。



日本のほとんどの、畜産の現状は、ひどいもんです。

超過密,からだを動かすこともできない状態で,

本来の食べ物じゃないような,エサを与えられ,

人間の好みによって、産まされ,殺されるだけの存在。

いきもの工場。     

病気になるのも当たり前。

豚や牛も感情がありますから,多分精神もおかしくなると思います。


そして、動物の命の値段かよ、というくらい安く売られ,

残れば捨てる。


同じいきもの同士なのに,あまりにもフェアじゃない,見下した,やり方。

調子に乗りすぎ。


私は,動物を食べるな、とは、思わないのです。

アイヌや,インディアンの、食べる相手を、尊敬して、

そのものたちのおかげで、生きて行けるということを

痛感して,命をとった後も,これでもかというくらい,礼を尽くす

深い結びつき。

そのような関係が本当の、食べるものと,食べられるものの、関係なんだなあと思うのです。

簡単にはいかない,こちらも命がけ、手間がかかる、手も汚れる,

相手の悲しみも受け入れる、

でも、どうしても食べたい,という強い思い。

それは、感謝にもつながると思います。


以前,私も鶏を絞める、ことを経験しました。すごく良い経験でした。

どうしても、鶏が食べたければ、本当なら、自分でやらないとな・・・。

でも、だったら、食べなくてもいい、かな・・・。


同じいきものでも,植物を穫る、のとは、どうしても同じ気持ちではいられませんね。

うれしいとか,悲しいとか,子どもをかわいがったり,血が出たり、苦しんだり,

そういう共通のものがある相手ですから。(植物もあるんでしょうけど)


お魚は、養殖じゃなく,なるべく近くの海を、普段はのびのび暮らしていたものを,

いただくようにしています。

お魚は、自分でも、とどめをさしたり,さばけるので。そういうルールを決めて。
(同じ考えの人が意外といることを最近知りました)

自分勝手なルールかもしれませんが,いきものの命を食べる以上,

約束事はあった方が良いと思うし。

あまりにも、やりたい放題では,結局自分たちに,しっぺ返しが来ると思う。



今では、お肉を食べない生活は、普通になりました。

もちろん、外で、だされれば、何でもありがたくいただきますし、

家族の付き合いで,お肉を食べることも。年に1,2度あります。

お肉をいただくときは,とくに,ものすごいご馳走だと思って

いただいています。


安いものを、人々が望めば,ますます、畜産の環境は悪くなるでしょう。

お金で買うのなら,本来、お肉はとても高価なもの。

少し高くても、のびのびと放し飼いで,大切に育てられたお肉を選んではどうでしょう。

その分,野菜や豆を食べたら、人のからだにもいいと言いますし。












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